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6

適当にカーナビを操作しながら、次の行き先を決める。とにかくより遠く事件現場から離れた方がいい。
北か南か、どちらでもいいからなるべく人が少ない土地を目指す事にした。
「あ!」
カーナビに映る地図を縮小し、日本全体が眺められるようになると、突然少年が声を上げた。俺はバックミラー越しではなく直接少年に顔を向けた。
「どうしたんだよ」
出来るだけ冷ややかに言い放つ。こんな子供のせいで計画を狂わされてしまってかなり頭にきていたからだ。
しかし少年に俺の不機嫌さは伝わる事もなく、目を輝かせながらカーナビを見つめていた。
「僕、あそこに行きたいんです!」
そして後部座席から身を乗り出して、カーナビに直接指をつける。少年の指に反応してカーソルが動き少年が示した場所に辿り着く。そこは日本海に面したとある県だった。
ここからの距離はかなりある。そして俺が知る限り、そこは都会よりは田舎と呼ばれるような場所だった。
少年は期待に満ち溢れた表情で俺を見つめている。俺は少し考えた後、カーナビをタッチして目的地を設定する。そこは少年が示した場所。
機械的な女性の声の後、目的地までのルートが表示された。それと同時に少年が満面の笑みを浮かべ「やったー!」と大袈裟にガッツポーズをした。
別に少年の為じゃない。たまたま目的地が俺の考えていた条件に当てはまっただけだ。それに断ったらどうせ駄々をこねるだけだろう。その後の対応が面倒だからだ。
車を発進させようとする前に一度車から降り、自販機で缶ジュースを二本だけ買って車に戻った。
その内の一本を少年に渡し、シートベルトを締める。そして俺は口を開いた。
「そういや聞いてなかったな、お前、名前は?」
俺の問い掛けに一瞬眉間にしわを寄せたが、すぐに笑顔になって答えた。
「秀護です。しゅうさいのしゅうに、ごえいのごで秀護。おじさんは?」
恐らく秀才や護衛の意味も分からずに親に教わった通りに言っているのだろう。そして俺は少年…いや秀護の問い掛けに答えた。
「太宰だ」
「だざい…さん?」
オウムの様に俺の言葉を繰り返す秀護。もちろん俺の本名ではない。刑務所で最後に読んだ本が太宰治の人間失格だったから、そこから頂いた。
「宜しくお願いします。太宰さん」
笑顔のまま、なぜか名前の部分だけ少し強調して頭を下げる秀護に俺は「よろしくな」とだけ呟いてギアを変えアクセルを踏んだ。

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7

「なぁ、お前ってさ…」
俺の言葉に秀護は顔を上げ、こちらを見つめる。その瞳にさっきまでの無邪気さは無く、逆に酷く哀しげだった。
「夏休みは…普通友達と遊ぶもんじゃないのか?」
確かに家族旅行もするだろうが、コイツの場合は異質だった。冷静に考えると「ん?」と首を傾げる事が幾つかあった。
俺の質問に対して、秀護は一向に答える素振りをみせることなく再び俯いてしまった。きっと俺の言った言葉が図星だったのだろう。
「んじゃ、質問変えるぞ」
黙ったまま頷く秀護。俺はひとまず路肩に車を寄せて、停車する。
「この車の持ち主との関係は?」
これが、俺が抱いた違和感の正体だ。俺がこの車のオーナーと友人という、かなり無理のある言い訳をする前、そう秀護が言った言葉だ。
―あの人の、お友達ですか?
「あの人」と言う単語。小学生位の子供なら、少しでも面識をもったら馴れ馴れしく名前で呼ぶだろう。現に秀護は俺の事を「太宰さん」と呼んでいる。
親ではないにしろ、一緒に旅行する位仲のいい間柄なら「あの人」と表現するのは不適切だ。
「…お兄ちゃん……」
「それじゃあ名前を言ってくれ」
三万円を手に入れた時に見つけた自賠責の紙を眺めながら秀護に言葉をぶつける。こんな事ししなくても、もう答えは分かっているが念のためだ。
「え、えと……」
言いよどむ秀護。うっすらと瞳に涙を浮かべ今にも声を張り上げ泣きそうだった。
「はい、時間切れー」
俺はそう言うと、クイズの答えを後部座席に投げ捨て車を発進させる。俺は運転しながらナビを触り、高速道路を使うルートに設定を変えた。
報道されない誘拐。オーナーと関係が不透明な秀護。これだけの事があり判断した。恐らくは警察には捕まらないだろう。
俺は窓を開けて車を走らせる。信号に引っかかり停車する度に車内に入り込む熱い日差しと蝉の声。何故か心地良く感じてしまう。
最短距離を伝えるカーナビ、どうやら目的地に着くのは夜になるらしい。上等だ、例え何時間かかっても俺は苛立たないだろう。今は最高の気分なのだから。

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8

インターから再び車を走らせて既に二時間は経っていた。秀護は話疲れたのか瞼を閉じ寝息をたてている。
眠るまで俺達はどうでもいいことを話し続けた。俺の事が知りたいと言われた時は焦ったが、適当な設定をつけて返しておいた。勿論、今まで塀の向こうにいたとは言ってない。
ここまで走るとちらほらと目的地の地名が書かれた標識が見え始めていた。既に日は沈み、車のヘッドライトを点けて運転していた。
―そういや、なんでコイツはこんな所に行きたがったんだ?
秀護が示した目的地。あと一時間程で到着する所までやってきたが、本人の口からは未だに理由を聞いていない。
特に観光地でもない地域で、子供が好き好んで行くような場所ではない筈だった。いや、大人でも旅行先にする人は少ないだろう。
ではどうして?考えても考えても答えは出てこない。そう言えばコイツの事は何も知らない。
話すことと言えば学校の友達の事や、好きなテレビ番組の事だけ。家族や自分の事は一切口にしていなかった。
「起きたら聞いてみるか…」
色々俺の中で考えてはいるが、それは全て推測でしかなかった。何一つ本人には確認を取れていない。
そんな事を思っていると、ガソリンが残り僅かしか無いことに気が付いた。俺は給油するために差し掛かったインターに向かってハンドルを切った。


「いらっしゃいませー」
ガソリンスタンドに車を入れると、営業スマイルを浮かべながら大声を張り上げるバイトらしき店員。
その声に反応して山びこの様に他の店員も声を出す。
「レギュラー満タンで」
窓を開けて店員に伝える。そしてエンジンをきるとポケットからクシャクシャになった札を取り出す。
次第にガソリンの匂いが車内に立ち込める。この独特な匂いが俺は好きだった。
窓も拭き終わり、どうやら給油も終わったらしく、笑顔を浮かべながら店員が窓から話しかけてきた。
「失礼します。お会計は…」
俺は店員の言葉に耳を疑った。お金が足りない訳ではないが、その金額は明らかに俺が今まで知っている金額より遥かに高かった。
俺はお札を渡し、エンジンをかける。そして料金表を見ると、以前よりリッター数十円高くなっていた。
そう言えばカーラジオが暫定税率がどうとか言っていた気がする。やはり三年もの時間を刑務所で過ごすと色々なギャップを感じる。

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9

「おい、起きろ秀護」
少し乱暴に秀護の肩を揺する。すると秀護はいきなり目を見開いた。
「ごめんなさい……って、太宰さん……」
目覚めるなり唐突に謝ってきた秀護。その時の顔は酷く怯えているようにみえた。ちょっと口調がキツかったのかも知れない。
「着いたぞ、お前が行きたがってた場所だ」
俺はそういって海に目を向ける。あの時盗んだ車で偶然出逢い、成り行きでこんな遠い所までやって来た俺達。
秀護も目線を海に移し感嘆の声をあげていた。
「ありがとう、太宰さん!」
そして再び俺を見つめると、いつもの笑顔を向けてくれた。
他人にお礼を言われたのは久しぶりだ。そう思うと、なんだか照れくさくなってしまった。
「お前、なんで此処に来たかったんだ?」
一度咳払いをして、俺は口を開いた。何故こんな何もないところに、子供一人で…
「…………」
それを聞くと、いつかと同じ様に口を閉じ、俯いてしまった。
「ここまで一緒に来たんだ。教えてくれよ」
質問。というよりお願いに近かった。そんな俺を見て秀護はボソボソと言葉を吐き出した。
「……お母さんに、会うため…」
「え?」
そこから、何度も言葉に詰まりながらも俺に全てを話してくれた。

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10

「そっか…」
秀護の話を聞き、それだけ呟いた。同情をしなかったと言えば嘘になる。だけど、俺にはどんな言葉をかければいいのか…解らなかった。
きっとどんな言葉もそれは慰めの意味を持たないだろう。ましてや今日出会ったばかりの俺の言葉など…
「住所は分かるんだな?」
「うん、手紙も持ってきたし…」
そう言って後部座席に置いてあった鞄をとるとガサゴソと中を漁り、一枚の手紙を取り出した。
「ちょっと貸してくれ」
手紙を受け取ると、キーを回しエンジンをかける。そしてカーナビに住所を打ち込み地点登録をする。
「今日はもう遅いし、明日にしような」
手紙を秀護に差し出しながら微笑んだ。なぜか秀護は手紙を受け取らず俺の顔を眺めていた。
「ど、どうしたんだよ?」
妙に力強い瞳に気圧されてしまい、少し戸惑う。そして秀護はいつもの笑顔を浮かべると、手紙を受け取る。
「やっと笑ったね」
その言葉を聞いて、照れくさいような…恥ずかしい気持ちになった俺は秀護の頭を小突いた。
「大人をからかうんじゃねぇよ」
叩かれたというのに屈託の無い笑顔を見せてくれて、反省した素振りは見せなかった。俺も本気で怒っていたわけではないけども。
「とりあえず、飯でも食いにいくか」
「うん!」
俺達は海を後にして、市街地に向けて車を走らせた。

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11

「なぁ秀護…」
「ふぁあに?」
口の中一杯にオムライスをぶち込んでいるため、発音がおかしいまま答える秀護。
「お前、ジャガイモ好きか?」
「まぁ普通だよ」
俺はそれを聞くと素早く秀護の皿の上に茶色の悪魔を移動させた。そして「食べていいぞ」と促す。
「ふーん」
悪戯な笑みを浮かべてジャガイモと俺を交互に見る秀護。そして嫌味ったらしく口を開いた。
「好き嫌いすると、ろくな大人になれないんじゃないの~」
スプーンでジャガイモをつつきながら言う秀護はどこか楽しそうだった。
「俺は…いいんだよ。ろくな大人じゃないから」
「なにそれ?ズルいなぁ」
そう言ってスプーンでジャガイモを口の中に放り込むと、美味そうに口を動かした。
…そう、俺はろくな大人じゃない…だからいいんだよ

食事も終わりドリンクバーで俺はコーヒー、秀護はジュースを飲んでいた。何回もお代わりをしていて、よくそんなにも甘ったるい飲み物を飲めるなと感心してしまう。
いかにも子供らしい。ジュースを色々調合して不思議な色の飲み物を持ってきたりして、学生の頃に俺もやったなぁと思う。
飲んだり、喋るのにも飽きると必ずやってしまうのだ。今にしてみればさぞ店員は困っただろう。
「おい、食いもんで遊ぶなよ」
さっき秀護のもつグラスを見て店員が「遊ぶんじゃないわよ」オーラを俺に向けてきたので注意をする。
「これは食べ物じゃなくて飲み物だよ~」
そんな屁理屈を言いながら、尚もストローでグラスの中をかき混ぜている。俺はため息をついて立ち上がった。
「ほら、もう行くぞ」
伝票をつまんでレジに向かう。後ろから「待ってよ」と言う声とともに秀護が小走りで走って来るのが分かった。会計を済ませてお釣りを貰う時に、店員に声を掛けられた。
「可愛いお子さんですね」
ああ、この店員は俺が秀護の父親だと勘違いしているのだろう。その言葉を聞いて俺は笑ってしまった。突然笑い出した俺を不思議に思ったのか店員も、秀護でさえも首を傾げていた。漫画なら頭上にクエスチョンマークでも浮いているだろう。
俺はそんな二人はお構いなしに、声を押し殺しながら肩を揺らせ笑い続けた。まったくとんだ冗談だ。
「…失礼。ちょっと面白かったんで」
ようやく笑止んだ俺はまっすぐに店員を見詰めた。
「俺は…ただの運転手ですよ。コイツの親でも、ましてや救世主でもない」
そう言って精一杯の作り笑顔を浮かべて見せた。店員はますます意味が分からないといった表情を見せた後、慌てて営業スマイルを浮かべ「ありがとうございました」と頭を下げた。妙に薄っぺらい笑顔を浮かべる俺と店員だったが、秀護だけは浮かない顔をしていた。
俺は何も言わずに秀護の頭をなでると「行こうぜ」と促して店を後にした。


夜も更け、完全に月の明かりだけが頼りになる海岸線に俺は車を停めていた。隣では座席を倒し眠りについている秀護がいた。
虫の声も消え、波の音だけが支配する車内に俺は目を瞑り考えていた。ファミレスから再びあの海岸線へ戻る途中、秀護は俺に一つだけ質問をした。それは店を出る前に店員に言ったあの言葉の意味。
-俺は…ただの運転手ですよ。コイツの親でも、ましてや救世主でもない
秀護の質問に俺はそのままの意味だと伝えた。納得のいかない表情を浮かべた秀護だったが、これ以上詮索しても答えが出ないのを察したのか、早々に椅子を倒し目を閉じてしまった。
嘘を言ったつもりはない。ただ、あの言葉は店員や秀護に向けた言葉ではない。自問…そう、何よりも自分に言い聞かせた言葉だった。
正直なところ、俺は楽しかったのかもしれない。文句を言いながらでもコイツといた時間が、何処か新鮮で、懐かしく思えていた。爪を噛んでいたのも最初だけだ。
秀護の話を聞き、救世主になりたかった。コイツの親になりたいとも思った。それができなくとも、支えにはなりたいと思った。
……違う。本当はそんなこと思っちゃいない。
秀護の望みを聞き入れることで、今までの罪滅ぼしをするつもりだった。他愛のない話をすることで、投げ出した日常を味わいたいだけだった。支えるつもりで、本当は俺が支えられていた。
俺は逃げていただけなのだ。日常から、現実から目を逸らして…
家を飛び出したのもそんな理由だった。毎日が変わらなくて、生きているのか、いないのか分からなくなって、そこから抜け出せば何かが変わると思っていた。
だけども、変わらなかった。目新しいのは最初だけで、慣れてしまえば非日常も日常になる。空腹から手を伸ばした空き巣も、「何か」に対する俺なりの抗いだったのかもしれない。
塀の向こうで俺は全てを失った。家族も、友人も、日常すらも…全部失った。残ったものは薄っぺらなプライドと、法を脱しながら生きていこうという半端な覚悟だった。
秀護と出会い、俺が一番欲しているのが平凡な日常だと分かった。
秀護はいつも逃げなかった。実の父に虐待をされても、新しい母に相手にされなくても、たった一つの希望がある限り、逃げなかった。少なくとも、俺の前では。
そんな秀護に対して俺が父親?救世主?他人に言われて気がついた。俺にそんな権利はない。
そう思った瞬間笑いがこみ上げてきたのだ。今までそんな風に生きてきた自分が滑稽で、哀れで、泣いてしまいそうなくらい可笑しかったのだ。
だから俺はただの運転手。明日秀護を母親の所まで送って俺の役目は終える。終えなければならない。秀護とはもう出会ってはならない。
そしてまた日常と非日常の間を中途半端に生きればいい。そして誰にも知られずに意味のない人生を終えればいい。それこそが最良の選択だ。
繰り返し、繰り返し流れる波の音、少し開けた窓から入り込む涼やかな風を浴びつつ俺は眠りについた。

12

暑い。あまりの暑さに体が汗ばんで、背中にへばりついたシャツの感触が気持ち悪い。若干腰に痛みがあるのも確認できた。覚醒する意識と比例するようにゆっくりと瞼を開ける。視界には低い天井、周りを確認すると隣の座席では秀護が気持ちよさそうに眠っていた。
座席で寝るのは、辛い。秀護のように子供だったらいざしらず、俺の体には狭すぎるベッドだ。
俺は大きく口を開いて、豪快に欠伸をする。フロントガラス越しに照りつける太陽が車内の温度を上昇させて、俺から水分を奪おうとする。
-よく眠ってられるな。
額に少し汗を浮かべながらも、その瞼は閉ざされたままの秀護を見て思った。俺は堪らなくなりキーを回しエアコンを掛ける。徐々に冷たくなる風が汗ばんだ俺の体を心地よく包んでくれた。車内のデジタル時計を確認すると朝の九時、そして次に気が付いたのは昨日の夜にはなかった無数の車と砂浜から聞こえる楽しそうな声。きっと家族旅行か何か、それか地元の人達なのだろう。絶えることなく笑い声が響いていた。
「ん……」
ぼんやりと目の前に留っている車を眺めていたら、秀護が声を発した。目を向けると、ゆっくり体を起こしまだ半分閉じかけている目を擦りながら「おはよう…」と呟く様に挨拶をした。
「おう」
それだけの返事を返し、再び視線を車に戻す。汗とエアコンが俺の体温を下げ、先程までとは逆の「寒い」という感覚が沸いてくる。どうやら秀護も同意見のようで横目で確認すると体を縮め少し震えていた。
「冷えるな」
独り言のように言い捨て、エアコンを切る。そして窓を開けた。太陽の日差しと蝉の声、そして楽しそうな声が大きくなった代わりに、生暖かい風が車内に入り込む。エアコンに比べれば冷え方がいまいちだが今の俺たちにはちょうどいい温度だ。
無言が俺達を包む。あのファミレスの一件以来、解れ掛けた俺達の中は再び固まってしまった。いや俺がそうさせてしまったんだ。お互いに探り合うように空気を読む。どんな言葉がいいのか、どの言葉ならば当たり障りのない会話ができるのだろうか?そんなことを考えている内に俺は右手親指の爪を噛んでいることに気が付いた。
慌てて口から手を話し、そのままカーナビをタッチする。そして昨日登録していた場所、秀護の母親のいる病院を目的地に設定した。もうすぐ終わる、この不思議な旅行も、秀護と過ごす時間も、そして偽りの日常も。
俺は無言でギアを変え、アクセルを踏んだ。


遠く、青く澄んだ空の下、病院に向けて車を走らせる。車内はカーナビの機械的な声と、蝉の声だけが支配していた。目的地まで数十分と表示されたナビの画面。当たり前だがカーナビが指し示す道が正解なのか俺は分からない。俺は機械の様に機械の声に従いハンドルを握り続ける。
「太宰さん」
何回目かの交差点。赤信号で停車した時、不意に秀護は俺に話しかけた。突然のことだったので、反応が遅れてしまった。秀護を見ると、笑顔だった。ファミレス以来の笑顔。時間的にはそんなに経っていないが、なぜかすごく懐かしいように思えた。
「ありがとうございます」
笑顔のまま、かしこまった口調で頭を下げる秀護。きっと母親の所まで連れて行ってくれるのでこんなことをしているのだろう。俺は申し訳がない気持ちになり秀護の頭を撫でた。
「いいんだよ、俺はお前の運転手だからな」
少しだけ上げた顔は屈託のない笑顔ではなく、どこか寂しい笑顔だった。
「それに感謝を言うのは、俺のほうだなよ」
撫でてていた手を離し、完全に顔を上げた秀護は首を傾げた。意味が分からない。そういった仕草だった。信号が青を灯火し、車を発進するために再び正面を向くとき、俺は拳骨を作り軽く秀護の頭を小突いた。
「そんな顔すんな、子供は子供らしく笑ってろ」
俺がそう言い車を発進した時、一瞬戸惑った表情の秀護だったがすぐに笑顔になり頷いた。窓の外からは変わらない蝉の声が響いていた。

やがてたどり着いた目的地。市街地から少し離れた場所にそれはあった。高台のような場所に位置し、駐車場からでも海が確認できるような場所だった。恐らく建てられたばかりであろう病院。建物からは年季というか、古臭さは感じれなかった。
車から降り、二人並んで外来用の自動ドアをくぐる。広いロビーと綺麗に磨かれた床。デザインにも凝っているであろう吹き抜けのロビーは病院とは思えなかったけど、その独特の雰囲気はやはり病院のものだった。どこか刑務所の中と同じ、いやそれ以上に重い空気。形は違えど非日常の象徴なのは同じだ。
受付の女性に病室を教えてもらい、エレベーターに乗り込む俺たち。秀護が背伸びして病室のある階のボタンを押し、ちょっとしたタイムラグの後に扉が閉まりエレベーターが動き出した。
車から終始無言の俺達。でもそれはさっきのような探り探りからくる無言ではなく、違ったモノだった。喋ってはいけない、違う、言葉は要らない。そう場の空気が教えてくれた。
扉が開き、ナースステーションに張られた案内を頼りに目的の部屋へと向かう俺達。そして少し歩いた後に秀護が歩を止めた。相部屋であろう病室には幾つかのネームプレートが張られてあり、そこに先程受付で伝えた名前、つまり秀護の母親の名前がそこに記載されていた。
扉の前でノックをしようとした秀護の手が止まる。そして俺を見つめる。俺は黙って頷いて秀護背中を押した。そして意を決したようにゆっくりと二回扉を叩く。
中からの返答はなくゆっくりと扉を開く秀護。そこには無機質な白い壁と、カーテンで仕切られた島が幾つもあった。恐る恐る部屋の中に入りカーテンで仕切られたベッドの住人を確認しながら歩を進める。そして扉から見て右側の一番奥。窓際に当たるカーテンの向こうを覗いた秀護は、消えるそうなぐらい小さく、だけど確実に言葉を発した。
「…お母さん……」
声を掛けられた女性、秀護の母親は何かを書いている手を止め、ゆっくりと視線を秀護に向けた。

13

手紙、だろうか?秀護の母親は俺達、というより秀護に気づき慌ててそれを隠してしまったので確証はないが、俺には手紙に見えた。恐らく秀護へ向けて書いていたものなのだろう。それをなぜ隠したのか、俺には分からなかった。
「秀、護なの…」
秀護の母は手紙らしきものを自分の後ろに隠しながら目を見開き口を開いた。その体は小刻みに震えていた。予想外の来訪者に驚いているのか、それとも喜びが溢れているのか、いまだに次の言葉を発しない母親。そんな母親に対して秀護は笑顔を向けていた。
「あはは、来ちゃった」
悪戯がばれてしまって申し訳ないような、それでいて楽しそうな笑顔を浮かべて返答を待つ秀護。俺も言葉にこそ出さないが母親の言葉を待っていた。自分の息子が自分の為にここに来てくれた。父親の虐待や、新しい母に空気のように扱われて挫けそうな時に現れた、一筋の希望の光を辿って、ここまでやってきた。さあ、労ってやってくれ、潰れそうな位抱きしめてやれ、そして笑顔で思い切り泣いてやれ。
だが、待ち焦がれた母親の言葉は意外だった、いや失望といっても過言でもないだろう。
「なんでここに来たの?」
―ナンデ、ココニ、キタノ?
初めは意味が理解できなかった。ぐるぐるとその言葉は俺の頭の中を駆け回り、その言葉の持つ意味を脳が処理をした瞬間に一つの感情が湧き上がった、怒りだ。怒りは俺の体を段々と支配しその塊は言葉となって吐き出された。
「なんだよ、その言い草は!コイツは、秀護はあんたに会うためにわざわざここまで来たんだぞ。あんたが唯一の希望だったんだぞ!なのに、あんたは…」
「黙りなさい!」
拳を握りながら頭よりも感情から出た言葉を叫んでいたら、母親の声で遮られた。それは、うるさい子供を諭すような、研ぎ澄まされた言葉だった。
「ここは病室です。他の人の迷惑を考えなさい。だいたい貴方は誰なの?」
一度ため息を吐き出した後、呆れた様に首を振り、冷たい目で俺を睨んだ。身を切られるような、そんな目だった。俺はその迫力に冷静になり、握り締めていた拳から力を抜いた。
「俺は太宰、秀護の運転手だよ」
母親の言葉にショックを受けていたのか、俯きうなだれた秀護の肩に手を置きそう答えた。すると母親は一度鼻で笑ってから俺に頭を下げた。
「怒鳴って悪かったですね、私は空見子。空を見る子と書いて空見子です」
そう言って浮かべた笑顔は僅かばかりだが秀護に似ていた。そして自己紹介の仕方も。やはり親子なんだなと思ってしまう。俺は丁寧な挨拶に「いえ、俺も悪かったです」と重ねて詫びた。右手を置いたままの秀護の肩は僅かに震えていた。俺はゆっくりと肩から手を下ろし口を開く。
「……それじゃ頑張れよ」
秀護の頭をポンと軽く叩き、病室を後にする。ここに居ても邪魔になるだけだ、掛けてやる言葉も何もない。逆に事態をややこしくしただけじゃないか。馬鹿な自分が嫌になる。俺は病室から少し離れた所にある談話室のような場所で椅子に腰掛けた。
ちらほらと入院患者や、そのお見舞いの人と思われる人達の姿がそこにあった。何もすることのない俺は近くにあった週刊誌を手に取るとパラパラとページを捲り読み始める。だけどそこに書いてある文字は俺の中で意味を成さず、目に映るだけで何も頭の中に入ってこなかった。頭の中にはどこか冷めたような笑顔の空見子さん、そして言葉を失い、人形のように立っていた秀護がずっといた。
なぜあんな言葉を言ったのだろう。冷静になって考えてみる。なぜ空見子さんは秀護の行動を否定するような言葉を選らんだのだろう。俺が空見子さんの立場なら優しく迎えてやるのに。あんなんじゃ秀護が可哀想過ぎる。
ガリガリと爪を噛みながらろくに読んでも居ない週刊誌のページを捲る。すると聞こえてきた会話、どうやら俺のすぐ後ろの席で話しているであろう女性の声だった。恐らく入院患者同士だろう。後ろを振り向けば、パジャマを着たおばさんと呼ばれるくらいの女性二人が内緒話をするような声のトーンで話していた。


「…個室に移るの、一週間後らしいわね」
「空見子さんでしょ。最近無気力だったからもしかしたらって思ってたけど…酷ね…」
空見子さんという単語に反応して雑誌のページをめくる手が止まる。そして再び後ろを振り返り、二人の話に耳をかたむける。
「私達とは、程度が違うからね」
そういって片方のおばさんが包帯で巻かれた右腕を眺めながらしみじみと呟いた。一方のおばさんもため息混じりに「そうね」と呟き、目を伏せた。
『一週間後』
『程度が違う』
その言葉で俺は少し察した。空見子さんの今の状態、そしてなんで秀護にあんな冷たい態度をとったのか。きっとアレは彼女なりの秀護への気遣いだったのかもしれない。でも俺は最良の選択だとは思えなかった、例え空見子さんが正解だったとしても俺は受け入れれない。
―秀護だってそうだろう?こんな幕引きは望んでいないだろ?
そう考えたとたん苛立ちが止まった。なんてことはない、シンプルな理由だった。秀護が笑っていて欲しい、例えすぐに去ってしまう偽りの幸せだろうと感じて欲しい。今まで頑張ってきた結果を味わって欲しい。
俺は週刊誌を椅子に投げ捨てると立ち上がり、病室へと足を向けた。
プロフィール

キイト

Author:キイト
名前 キイト(由来は特に無いです

性別 男性

年齢 二十歳以下です

これでもある球技で全国でてます。ちなみに主将。
唯一の自慢できることでした。

好きな物はバイクやゲーム。
最近ちょっとオタクに近づいてたりします。萌えー

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