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16NEW!

再びやってきた談話室。ソファーの上には放置した雑誌の姿は無く、どうやら誰かが片付けてくれたようだ。俺はキョロキョロと辺りを見渡し、秀護を探した。恐らくはここに居るのだろう、そんなに遠くに行ったとは思えない。相変わらず患者と面会者でなかなか騒がしい談話室の一角、ちょうどL字ソファーの角にアイツはいた。
「外、見てんのか?」
話しかけると黙って秀護は頷いた。その目線を追うと青い海原と水色の空が彼方で交わって広がっていた。海に浮かぶ幾つかの船舶がまるで蟻のように存在していた。ゆっくりと気ままなペースで進んでいるようにも見えた。
「もう一度、空見子さんの所へ行こう」
秀護の手を取り、引っ張り挙げるようにソファーから立たせる。そして手を握ったまま綺麗に磨かれた廊下を歩いた。歩幅が違うから当然かもしれないが、自然と俺が引っ張るような形になってしまう。でも俺には秀護が空見子さんと会うのを拒んでいるように思えた。
無言のままエレベーターに乗り、最上階のボタンを押す。ゆっくりとドアが閉まり狭い個室に二人きりになる。外部からの音が無いためより二人の沈黙が際立ってしまう。妙な浮遊感と段々と上がるフロア数を前に俺達はずっと手を繋いだままだった。
「ねぇ…」
最上階に着く直前に修吾が口を開いた。
「僕は、会いに来ちゃいけなかったのかな?」
繋いだ手から静かに伝わる振動。冷房が効いていたから暑さのせいではなくじっとりと汗が滲んでいた。最上階を示す表示と同時に鳴る合図。それからじれったく思えるくらいゆっくり開いた鉄の扉。俺は一歩を踏み出して右手に少し力を込めた。
「俺達は気付けたんだ。空見子さんをもう一度信じてくれ」
一瞬躊躇したようにエレベーターに留まった秀護だったが、頼りなく左手を握った後に、俺に続いて外に出た。今度こそは、お前を裏切る結果にはならないはずだ。俺は秀護の歩幅に合わせて、屋上へと向かった。


少し重たい鉄の扉を開いた先、天井も壁も無くなった屋上は変わらずに日差しが照りつけ、潮風が吹きつけ、蝉の合唱が響いていた。そしてまたフェンスと向き合い、先ほどの秀護の様に水平線を眺める空見子さんの姿があった。
ゆっくりと振り返り俺達の姿を確認すると、またあの笑顔を浮かべた。優しい、母親らしい笑顔。その笑顔を見た途端に、俺の右手から秀護の左手がすり抜け彼女の元へ走っていた。必死に、転びそうになりながらも、たった十メートル程の距離を一生懸命駆けていった。
伝わる温度が消えた右手。そこに風がゆっくりと入り込み、アイツの感触を奪い取ろうとする。俺は右手を握り締めそれを拒んだ。
「お母さん!」
空見子さんの胸に飛び込んだ秀護は、大声で泣いた。今まで泣きそうになったことはあった秀護だったが、今世界で一番安心できる場所で思い切り自分の感情をさらけ出していた。
母親を失った悲しみ。
父親に虐待された怒り。
新しい母に空気の様に扱われた憤り。
そして、希望にたどり着いた、喜び……
ひょっとしたら、秀護も俺や空見子さんと同じように「日常」という希望を欲していたのかもしれない。
暫く秀護は泣き続けた、空見子さんも、俺も…瞳から雫を零した。互いに、言葉は要らなかった。その涙だけで全て語れたんだと思う。
今、俺達の旅は本当に終末を迎えた。たった二日。いや時間的には二日にも満たないかも知れないほんの僅かな、些細な旅。あの時俺が盗んだ車から始まった旅は、無くしたものを取り戻し、忘れたものを思い出させてくれた。
気付かせてくれた、日常の大切さ。見せてくれた本当の覚悟、強さ。嫌いなジャガイモも食べてくれた。無邪気な笑顔を向けてくれた。笑い方も教えてくれた。そんな秀護に俺ができたことはこの旅にかけた時間よりも僅かだったと思う。
日常からはみ出した太宰。希望を辿る秀護。
二人の不思議な旅は遠回りをしながらでも、今、ようやくゴールを迎えた。
プロフィール

キイト

Author:キイト
名前 キイト(由来は特に無いです

性別 男性

年齢 二十歳以下です

これでもある球技で全国でてます。ちなみに主将。
唯一の自慢できることでした。

好きな物はバイクやゲーム。
最近ちょっとオタクに近づいてたりします。萌えー

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